私が最初に就職したのが産業用ロボットメーカーという事でビッグ3(GM, Ford, Chrysler)が大手顧客であったり、地理的にもコネチカット州(その後引っ越したペンシルバニア州)からデトロイトが近かった事もあり、今朝のアメリカ自動車産業を象徴する大都市、デトロイト市が資金繰りに行き詰まり、アメリカの自治体としては史上最大規模の財政破綻に陥ったというニュースに過大なショックを受けました。(ダイアナ・ロスに代表されるモータウンレコードが好きだったと理由もありますが。。。)
デトロイト市内に本社を置く米ゼネラル・モーターズ(GM)は数年前の破綻から復活したが、グローバル化の中で、生産の海外移転などにより大量の人口流出と雇用縮小は止まらず税収は落ち込んでいたというのが大きな要因であると報道されました。
私の住んでいるカリフォルニア州ベイエリア(一般的にシリコンバレーと呼ばれている地域)に近い人口30万人のストックトン市も、リーマンショックのあと、住宅市場の低迷などで税収が大幅に減ったため、日本円でおよそ550億円の負債を抱え財政破綻したという記憶は新しいでしょう。
グローバル化によって、生産拠点が市場の近場に移るだけでなく、生産コストという理由で海外にでるのが最近の傾向です。つまり、国内の生産が減少するという意味では、デトロイトの破綻は、ストックトン市でも起こったように近年において何処でも起こりえるという事ではないだろうか?
そういった意味では、破綻の可能性は自治体だけでなく、企業レベルでも起こりえると思います。つまり、びとつのキー産業や製品群に頼っていると、グローバルでの進化の激しい今日、存続のリスクが非常に高いという事を市町村、そして企業が認識する必要があると感じました。
一般的に、企業サイズに問わず、30%以上の収入を1顧客に依存するのはリスクがかなり高いと言われています。つまり、リスクを分散するためには顧客の分散、新しい製品群、新しい事業の開発が重要であると言われています。産業の衰退という意味では、シリコンバレーに於いても、その名前由来の半導体ビジネスもグローバル化の流れの中で(チップメーカーだけでなく装置メーカー含む)海外生産というトレンドの中、衰退していると思われます。
どうして、破綻がシリコンバレーでなく、デトロイトだったのだろう?それは、シリコンバレーがイノベーションを継続させる事が出来るというエコシステムを持っているからだと断定できるのではないでしょうか?シリコンバレーでは、そのエコシステムを活用する事によって、ソフトウェア、IT、モバイル、クラウド等、新しい試みによる新産業が開拓されています。
デトロイトの破綻を教訓とし、これからも新しいチャレンジを日常生活習慣、そして、イノベーションを糧とし、つまりは働く理由・目的とした毎日をJABIの一員として過ごしたいと再度感じたニュースでした。
大永英明
Friday, July 19, 2013
Thursday, July 11, 2013
第7回 JABIサロン
5月14日第7回JABIサロンは、JABI会員以外の外部からの参加も多く、講演後の議論の盛り上がりが良い、とても楽しいサロンになりました。
スピーカーの福永健氏は、GEでConsumer Electronics Divisionに就職され、その後独立されGE 社での業務体験を基にして「Japan and International Design」の基本的な考えを生み出し、日米企業のデザインコンサルタントとしてToyota, Honda, Pioneer, Zojirushi, Dentsu-young Rubicam, Clorox, DolbyLaboratories 等で活躍された方です。
今回のJABIサロンでは、福永氏が1982年米国商務省のイベント、World Trade Weekで発表されたプレゼンテーション “Japan and International Design”と、その約30年後の現在に同デザイン理論の基本的な考えが持つ意味と、日本企業にとっての国際マーケット、特に米国マーケットの重要性について、福永氏よりご講演をいただきました。まず、基本的なコンセプトとして、福永氏は米、日、欧文化の特徴を3色の割合で表し、米国がBig, Solid, Powerful, Muscularなどを特徴とする”Boldness”、日本がArtistic, Fragile, Detailに代表される”sophistication”,ヨーロッパはDiscriminative, Philosophicalなどに代表されるDistinctnessを文化的特徴とし、日本,米国,欧州の文化的特徴が、国際マーケットに於けるデザイン傾向を支配している、というお考えを述べました。
マーケットで勝利する商品デザインを生み出すには、個々の文化の特徴を均衡に融合した考えの製品を生み出す必要がある。マスマーケットで勝利を得るにはそれが最重要事である。なぜなら過去3大文化圏マーケットで、数多くの日本製品が成功を収めたのは、製品上での文化融合結果が良かったからと福永氏は考えます。そして、これら日本製品を“インターナショナルデザイン”製品と呼んでいます。
その考えを元に、福永氏がいくつかの例を紹介しました。1982年と30年後現在の例として、ホンダの車がインターナショナルな市場で成功をしたのは、後ろから見た車の姿に「特徴」が多いから、というのが非常に面白いと思いました。
福永氏の発表の後、「日本の良さ」について議論しました。参加者全員が議論に積極的に参加し、自分の経験で、どういう時に日本のものが優れいていると感じるか、という話で盛り上がりました。日本に住んでいると日本の良さがなかなか見えない。日本から来た日本人に、「日本はこういうところが良いですね」と言うと、みんなびっくりする、という九州大学の松尾先生のお話も興味深かったです。
普段シリコンバレーで仕事をしていると、「先端技術」を追うことばかりに捕らわれてしまい勝ちですが、福永氏の、「インターナショナルデザイン」という考え方がとても新鮮に感じました。例えば、筆者はライフサイエンス系のコンサルティングをしているが、これまで、「デザイン」がどれだけバイオテックの製品に重要か、ということを正直考えたことがありませんでした。一方、他業界では例えばアップルの戦略にデザインが非常に重要であることは明らかです。商品の外観から、マーケティング手法、さらには商品を購入した消費者がパッケージを開封する瞬間の感動まで包括的にデザインされていることから、アップルのデザイン戦略は非常に計算されつくされていると言えます。
バイオの製品、例えばそれが幹細胞(ステムセル)の製品であれば、製品のパッケージングなのか、使用頻度なのか、それをサポートするインターフェースなのか、色いろあると思いますが、それをデザインの観点でもう一度見なおしてみるのも面白いと思いました。
大変おもしろいお話をしていただき、福永様ありがとうございました。ご参加いただきた方々、また次のサロンにもぜひご参加ください。
二村晶子
スピーカーの福永健氏は、GEでConsumer Electronics Divisionに就職され、その後独立されGE 社での業務体験を基にして「Japan and International Design」の基本的な考えを生み出し、日米企業のデザインコンサルタントとしてToyota, Honda, Pioneer, Zojirushi, Dentsu-young Rubicam, Clorox, DolbyLaboratories 等で活躍された方です。
今回のJABIサロンでは、福永氏が1982年米国商務省のイベント、World Trade Weekで発表されたプレゼンテーション “Japan and International Design”と、その約30年後の現在に同デザイン理論の基本的な考えが持つ意味と、日本企業にとっての国際マーケット、特に米国マーケットの重要性について、福永氏よりご講演をいただきました。まず、基本的なコンセプトとして、福永氏は米、日、欧文化の特徴を3色の割合で表し、米国がBig, Solid, Powerful, Muscularなどを特徴とする”Boldness”、日本がArtistic, Fragile, Detailに代表される”sophistication”,ヨーロッパはDiscriminative, Philosophicalなどに代表されるDistinctnessを文化的特徴とし、日本,米国,欧州の文化的特徴が、国際マーケットに於けるデザイン傾向を支配している、というお考えを述べました。
マーケットで勝利する商品デザインを生み出すには、個々の文化の特徴を均衡に融合した考えの製品を生み出す必要がある。マスマーケットで勝利を得るにはそれが最重要事である。なぜなら過去3大文化圏マーケットで、数多くの日本製品が成功を収めたのは、製品上での文化融合結果が良かったからと福永氏は考えます。そして、これら日本製品を“インターナショナルデザイン”製品と呼んでいます。
その考えを元に、福永氏がいくつかの例を紹介しました。1982年と30年後現在の例として、ホンダの車がインターナショナルな市場で成功をしたのは、後ろから見た車の姿に「特徴」が多いから、というのが非常に面白いと思いました。
福永氏の発表の後、「日本の良さ」について議論しました。参加者全員が議論に積極的に参加し、自分の経験で、どういう時に日本のものが優れいていると感じるか、という話で盛り上がりました。日本に住んでいると日本の良さがなかなか見えない。日本から来た日本人に、「日本はこういうところが良いですね」と言うと、みんなびっくりする、という九州大学の松尾先生のお話も興味深かったです。
普段シリコンバレーで仕事をしていると、「先端技術」を追うことばかりに捕らわれてしまい勝ちですが、福永氏の、「インターナショナルデザイン」という考え方がとても新鮮に感じました。例えば、筆者はライフサイエンス系のコンサルティングをしているが、これまで、「デザイン」がどれだけバイオテックの製品に重要か、ということを正直考えたことがありませんでした。一方、他業界では例えばアップルの戦略にデザインが非常に重要であることは明らかです。商品の外観から、マーケティング手法、さらには商品を購入した消費者がパッケージを開封する瞬間の感動まで包括的にデザインされていることから、アップルのデザイン戦略は非常に計算されつくされていると言えます。
バイオの製品、例えばそれが幹細胞(ステムセル)の製品であれば、製品のパッケージングなのか、使用頻度なのか、それをサポートするインターフェースなのか、色いろあると思いますが、それをデザインの観点でもう一度見なおしてみるのも面白いと思いました。
大変おもしろいお話をしていただき、福永様ありがとうございました。ご参加いただきた方々、また次のサロンにもぜひご参加ください。
二村晶子
Sunday, March 24, 2013
第6回JABIサロン
去る3月19日、 第6回JABIサロンを開催致しました。
通常、JABIサロンとは、JABIメンバーが会員自身の専門、得意・興味分野について話をし、会員が何をしている人なのかを演題を通して、会員、一般にアピールするのですが、今回は、サロンの参加リピーターである佐々木昌様が赴任が終わり帰国されるという話を耳にし、急遽、「ビッグデータ時代のセンサの未来予想図 - 超えるべき3つの壁」 と題したテーマで講師をして頂きました。
当日は、31人登録のうち29人が参加され、講演後も活発な質疑が行われました。今回の講演の中での3つの壁とは、使い易さ、寿命、価格でした。これらは、他の業界の製品にも通じる課題であると、改めて感じました。

佐々木様のご厚意で、当日の資料をここ(LINK)に置かせていただきましたので、当日参加されなかった方も参考にして頂ければと思います。
(大永英明)
通常、JABIサロンとは、JABIメンバーが会員自身の専門、得意・興味分野について話をし、会員が何をしている人なのかを演題を通して、会員、一般にアピールするのですが、今回は、サロンの参加リピーターである佐々木昌様が赴任が終わり帰国されるという話を耳にし、急遽、「ビッグデータ時代のセンサの未来予想図 - 超えるべき3つの壁」 と題したテーマで講師をして頂きました。
当日は、31人登録のうち29人が参加され、講演後も活発な質疑が行われました。今回の講演の中での3つの壁とは、使い易さ、寿命、価格でした。これらは、他の業界の製品にも通じる課題であると、改めて感じました。

佐々木様のご厚意で、当日の資料をここ(LINK)に置かせていただきましたので、当日参加されなかった方も参考にして頂ければと思います。
(大永英明)
Friday, March 8, 2013
Steve Jobs and design
“Design is not just what it looks like and feels like. Design is how it works.”
Steve Jobsのquoteです。何時ごろのquoteでしょうか、彼の商品作り込みの信念が表現されていると感じています。
彼が亡くなった直後のSilicon Valleyで、語られた事で、「Steve Jobsは、人間が本来的に持つ、もの(hardware)への愛着の感情(emotional attachment)を深く理解していた」という事があります。 又、Hardware independent/portable softwareモデルが全盛、WintelがPCの産業を形成した90年代にSteveは、自社のhardwareのみにこだわり続けていました。
優れたuser環境を持ちながら、自社HWのみに拘るSteve/Appleに私はいらだちさえ覚えていた事を記憶しています。iMacに対する私の評価は最低でした。
これは、HW independent/portable SWモデルのみが、市場を支配出来るという思い込みでした(computerにデザインなどは不要、とまで言い切ってました)。Mac OSXをベースとしたその後のiMac/Mac Mini/MacBookPro/iPod/iPhone/iPadの市場の席巻で、始めてSteveの深い造詣を理解できました(凡人です)。
これらの事実は、一見、前述のquoteと矛盾して聞こえるかもしれません。しかし、Steveの言っている事は、商品が顧客に提供する価値は、deviceのデザインがそこに搭載されるUIを含む全ての機能と「融合」して生まれる、という事だと思います。とても深い哲学です。Steveが亡くなってしまった今は、Emotional designに造詣の深いDon Normanがどのように捉えているかが興味です。
この観点で、昨年8/25のApple-Samsung第一審で、AppleのデザインとUIの特許が守られるべきIPとして認められ、勝訴した事はcomputer業界に留まらず全領域に亘り、重要な意味を持つと思います。
岩村公彦 http://kiwamura.wordpress.com/
彼が亡くなった直後のSilicon Valleyで、語られた事で、「Steve Jobsは、人間が本来的に持つ、もの(hardware)への愛着の感情(emotional attachment)を深く理解していた」という事があります。 又、Hardware independent/portable softwareモデルが全盛、WintelがPCの産業を形成した90年代にSteveは、自社のhardwareのみにこだわり続けていました。
優れたuser環境を持ちながら、自社HWのみに拘るSteve/Appleに私はいらだちさえ覚えていた事を記憶しています。iMacに対する私の評価は最低でした。
これは、HW independent/portable SWモデルのみが、市場を支配出来るという思い込みでした(computerにデザインなどは不要、とまで言い切ってました)。Mac OSXをベースとしたその後のiMac/Mac Mini/MacBookPro/iPod/iPhone/iPadの市場の席巻で、始めてSteveの深い造詣を理解できました(凡人です)。
これらの事実は、一見、前述のquoteと矛盾して聞こえるかもしれません。しかし、Steveの言っている事は、商品が顧客に提供する価値は、deviceのデザインがそこに搭載されるUIを含む全ての機能と「融合」して生まれる、という事だと思います。とても深い哲学です。Steveが亡くなってしまった今は、Emotional designに造詣の深いDon Normanがどのように捉えているかが興味です。
この観点で、昨年8/25のApple-Samsung第一審で、AppleのデザインとUIの特許が守られるべきIPとして認められ、勝訴した事はcomputer業界に留まらず全領域に亘り、重要な意味を持つと思います。
岩村公彦 http://kiwamura.wordpress.com/
Friday, November 4, 2011
第2回 JABIサロン (11/4/2011)
去る11月4日に第2回 JABI (Japan America Business Initiatives) Salon 講演会がSanta Claraで行われ、皆様のご協力とご支援のお蔭で第2回JABI Salon講演会は成功裏に進めることができました。
今回の講師は Rochelle Kopp氏による 「外国人との交渉に成功するヒシネス英語」でした。
「外国人との交渉に成功するヒシネス英語」(語研)を始め、著書多数のロッシェルさんの話は、日米間の国柄、文化、言語の違いをご専門に研究されている事もあり、うなずく事ばかりでした。特に今回の話は、各国の文化によるコミュニケーション方法の違いを理解する事によって、より良い交渉ができるという実戦的なものでした。
JABI会員より非会員の出席者の方が多く、盛況のうちに終わりました。
Tuesday, August 16, 2011
何故、”シリコンバレーの風”か?
7月の始めは、日本に出張していた。20年前の7月1日にシリコンバレーに移住してきた。
それ以前の1982年に、NY州のRochesterからシリコンバレーに出張してStanford大学とXerox Parcを訪問した。その時以来、いつかは、シリコンバレーで仕事をしたいという気持ちが生まれ、その後、日本に帰ってからは、シリコンバレーでキャリア を積みたいという気持ちが日々強くなり、1991年7月1日に実現した。シリコンバレーに来るのに9年かかった。それからは、「何かをしていたい、何かを していなければいけない」、というシリコンバレーの雰囲気の中で、あっという間の20年間だった。
今、私の会社の名前は、Silicon Valley Breeze, LLC ~Like a Breeze in Silicon Valley~。多くの友人に、「何故?」と聞かれる。
私とってシリコンバレー からの誘惑は、静かだが常に私の中にあった。それが、何だったのかが1991年にSFOに降り立ち、Sunnyvaleのホテルにチェックインし、落ち着 いた時に分かった気がした。「この風だ、いつも、静かに絶え間なく吹いているのこの風だ」。シリコンバレーの風は、爽やかに、心地よく、木々を優しくなび かせながら吹く。そして、何よりも、この風にはエネルギーがある、何かのエネルギーがある。私は、このエネルギーに魅せられていたのだ。
シリコンバレー は、価値創造のメッカだ。NASDAQの時価総額トップ10の6社がシリコンバレーの会社、という事がその事を象徴している。シリコンバレーは、イノベー ションのエンジンと呼ばれ、スタンフォードはそのシリコンバレーのエンジンと呼ばれている。DNA関連Bio技術開発、RISK Chipの発明、GPSの発明、DSLの発明、そして、Googleの誕生、、、多くの技術やビジネスがスタンフォードから生まれている。だから、シリコ ンバレーは、「成功」象徴の様に語られる事が多い。それは、間違いない。しかし、シリコンバレーには、成功者よりも実現したい事が思い通りには行かず、何 とかしようとしている人の方が圧倒的に多い。成功者も、成功する迄に多くの経験とラーニングを積み重ね、もがいた末に成功に到達している。ので、シリコン バレーは、上手く行かずにもがいている人がマジョリティーで、成功者は一握りなのた。
シリコンバレーで「もがく」人は 例外無くポジティブだ。皆、エネルギーに満ちあふれ、へこたれず、常に自分の目指す事に向かっている。もがき続けているのだ。この「もがき」のエネルギー は、外に発散するエネルギーだ。このエネルギーが、満ち満ちていて、そのエネルギーをシリコンバレーの風が運んでいるのだ。だから、シリコンバレーの風は 爽やかだが、強いエネルギーの流れなのだ。私は、いつもシリコンバレー の風のように爽やかにエネルギーをたたえて仕事を、遊びを、日々の生活をしていたいと思っている。もちろん、私ももがいている一人だ。私の周りの友人達 も、執拗にもがいている。この魅力にやられ放しで、あっと言う間の20年間が過ぎた。
シリコンバレーで一緒にも仕事をしませんか?
岩村公彦 http://kiwamura.wordpress.com/
それ以前の1982年に、NY州のRochesterからシリコンバレーに出張してStanford大学とXerox Parcを訪問した。その時以来、いつかは、シリコンバレーで仕事をしたいという気持ちが生まれ、その後、日本に帰ってからは、シリコンバレーでキャリア を積みたいという気持ちが日々強くなり、1991年7月1日に実現した。シリコンバレーに来るのに9年かかった。それからは、「何かをしていたい、何かを していなければいけない」、というシリコンバレーの雰囲気の中で、あっという間の20年間だった。
今、私の会社の名前は、Silicon Valley Breeze, LLC ~Like a Breeze in Silicon Valley~。多くの友人に、「何故?」と聞かれる。
私とってシリコンバレー からの誘惑は、静かだが常に私の中にあった。それが、何だったのかが1991年にSFOに降り立ち、Sunnyvaleのホテルにチェックインし、落ち着 いた時に分かった気がした。「この風だ、いつも、静かに絶え間なく吹いているのこの風だ」。シリコンバレーの風は、爽やかに、心地よく、木々を優しくなび かせながら吹く。そして、何よりも、この風にはエネルギーがある、何かのエネルギーがある。私は、このエネルギーに魅せられていたのだ。
シリコンバレー は、価値創造のメッカだ。NASDAQの時価総額トップ10の6社がシリコンバレーの会社、という事がその事を象徴している。シリコンバレーは、イノベー ションのエンジンと呼ばれ、スタンフォードはそのシリコンバレーのエンジンと呼ばれている。DNA関連Bio技術開発、RISK Chipの発明、GPSの発明、DSLの発明、そして、Googleの誕生、、、多くの技術やビジネスがスタンフォードから生まれている。だから、シリコ ンバレーは、「成功」象徴の様に語られる事が多い。それは、間違いない。しかし、シリコンバレーには、成功者よりも実現したい事が思い通りには行かず、何 とかしようとしている人の方が圧倒的に多い。成功者も、成功する迄に多くの経験とラーニングを積み重ね、もがいた末に成功に到達している。ので、シリコン バレーは、上手く行かずにもがいている人がマジョリティーで、成功者は一握りなのた。
シリコンバレーで「もがく」人は 例外無くポジティブだ。皆、エネルギーに満ちあふれ、へこたれず、常に自分の目指す事に向かっている。もがき続けているのだ。この「もがき」のエネルギー は、外に発散するエネルギーだ。このエネルギーが、満ち満ちていて、そのエネルギーをシリコンバレーの風が運んでいるのだ。だから、シリコンバレーの風は 爽やかだが、強いエネルギーの流れなのだ。私は、いつもシリコンバレー の風のように爽やかにエネルギーをたたえて仕事を、遊びを、日々の生活をしていたいと思っている。もちろん、私ももがいている一人だ。私の周りの友人達 も、執拗にもがいている。この魅力にやられ放しで、あっと言う間の20年間が過ぎた。
シリコンバレーで一緒にも仕事をしませんか?
岩村公彦 http://kiwamura.wordpress.com/
Friday, July 29, 2011
JABI ミキサー @ インターソーラー
7月12日から14日までサンフランシスコでインターソーラーが開かれました。セミコンウェストと同時開催ということで多くの人たちが各業界からサ ンフランシスコを訪れました。インターソーラーは太陽光発電・太陽熱関連の商材及びサービスに関連する会社が展示・商談を行う見本市です。この見本市に IBPC大阪ネットワークセンターと大阪から4社ほど会社が出展するということで、JABI はミキサーを開くはこびとなりました。
ミキサー自体は JABI に参加する以前にもいくつかまとめることがありましたが、日本からの参加者主体のミキサーは私にとっては初めてでした。インターソーラーの会場であるモス コーニセンターから徒歩5分以内で行くことができる場所、座らずに立ちながらのネットワーキングができるスペースのある場所、そしておもてなしがある程度 良いところなどの基準がありました。候補にあげた会場はとても少なかったですが、以前行ったことがあるレストランにラウンジのスペースがあることを思い出 し、そこに決定することができました。これに至るまでは3軒の場所の視察を2回、ホテル数軒へのミーティングルームの問い合わせなどをしました。
私は昼過ぎからセミコンウェストとインターソーラーの視察し、IBPC大阪ネットワークセンターのブースへ向かいました。6時に展示を終了されたみ なさんとミキサーの会場であるタイレストランへと流れ、現地では大阪市副市長が合流されました。まずは大永氏の挨拶、そして大阪市副市長の挨拶があり、参 加されたみなさんは飲み物を片手に積極的にネットワークをされていました。中にはワインをボトルでオーダーされた方や、ちょっとした食べ物をみなさんのた めにオーダーされた方がおられたりと、ビジネスネットワークの中にもわきあいあいとした光景も見られました。ミキサー終了後はレストランに残りみなさんと お食事をされた方々もおられました。
私は JABI 初のミキサーは成功であったと思います。目的であるネットワーキングがスムーズにできたことは良かったと思います。JABI としてのクライアントを作っていく、JABI の名前を広めていくということでは、とても小さなステップであったかもしれませんが、とても良いステップを踏んだと思います。小さなステップを確実にこな していき、それらがつながって大きなステップとして JABI が前進するときが来ることを信じています。最後になりましたがお手伝いさせていただきありがとうございました。
Yuki Hashimoto
Yuki Photography/ Oracle
@YukizTweets
リンク: IBPC大阪ネットワークセンター, O-BIC (Osaka Business and Investment Center)
ミキサー自体は JABI に参加する以前にもいくつかまとめることがありましたが、日本からの参加者主体のミキサーは私にとっては初めてでした。インターソーラーの会場であるモス コーニセンターから徒歩5分以内で行くことができる場所、座らずに立ちながらのネットワーキングができるスペースのある場所、そしておもてなしがある程度 良いところなどの基準がありました。候補にあげた会場はとても少なかったですが、以前行ったことがあるレストランにラウンジのスペースがあることを思い出 し、そこに決定することができました。これに至るまでは3軒の場所の視察を2回、ホテル数軒へのミーティングルームの問い合わせなどをしました。
私は昼過ぎからセミコンウェストとインターソーラーの視察し、IBPC大阪ネットワークセンターのブースへ向かいました。6時に展示を終了されたみ なさんとミキサーの会場であるタイレストランへと流れ、現地では大阪市副市長が合流されました。まずは大永氏の挨拶、そして大阪市副市長の挨拶があり、参 加されたみなさんは飲み物を片手に積極的にネットワークをされていました。中にはワインをボトルでオーダーされた方や、ちょっとした食べ物をみなさんのた めにオーダーされた方がおられたりと、ビジネスネットワークの中にもわきあいあいとした光景も見られました。ミキサー終了後はレストランに残りみなさんと お食事をされた方々もおられました。
私は JABI 初のミキサーは成功であったと思います。目的であるネットワーキングがスムーズにできたことは良かったと思います。JABI としてのクライアントを作っていく、JABI の名前を広めていくということでは、とても小さなステップであったかもしれませんが、とても良いステップを踏んだと思います。小さなステップを確実にこな していき、それらがつながって大きなステップとして JABI が前進するときが来ることを信じています。最後になりましたがお手伝いさせていただきありがとうございました。
Yuki Hashimoto
Yuki Photography/ Oracle
@YukizTweets
リンク: IBPC大阪ネットワークセンター, O-BIC (Osaka Business and Investment Center)
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